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6月7日。




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みなさんこんにちは。

カメラ部やまもです。

先月の5月3日・4日の二日間、

有名な「亀崎潮干祭」が開催されました。

この亀崎地区の潮干祭は、

半田市の山車祭りの中で最も歴史が古く、

昨年の12月、ユネスコ無形文化遺産として正式に

登録された知多地域最高峰の祭礼です。





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とある男性入居者様に、若かりし頃、男衆として

この誇らしい亀崎の山車を曳き回された

思い出を持つ方がおられました。

この方は常々、亀崎の山車の話をして下さり、

それはもう潮干祭への思い入れは熱い方でした。


1年近く前の事です。

ある日、この入居者様が、新聞で山車祭りの記事を

読んだそうで、その事を嬉しそうに私に

話されました。

私は答えました。

「Aさん。 じゃあ来年は一緒に潮干祭に

行きましょう! 私が計画します」


今回、ようやくこのお約束が果たせました。





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今年はユネスコ文化遺産登録後、初の開催と

なるために、会場付近は例年以上の混雑が

予想されていましたが、本当に

ものすごい人と車の渋滞。

会場内はそれ以上の熱気です。



「海浜曳き下ろし」会場へ向けて、

各組の山車が吹き流しをなびかせて

集い来たる場面に間に合いました。

やはり亀崎地区の山車はどれも豪華な威容です。





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中心に写っておられる方が、ご入居者Aさんです。


私達がAさんと共に山車の巡行を見守っていると、

Aさん「おーい!」

と山車行列のどなたかへ声をかけられました。


・・・なんと旧知の方がおられて、

「あれ? Aさんか!」となり

お知り合いの方々が集まり、囲まれて

しまいました。


この場面を見て私は知りました。

(ああ・・Aさんはかつて、山車の運営組織で

お顔が広い方だったのだ)と。


私達は、Aさんに加えて入居者様2名、そして

職員3名で一般観客エリアから山車の巡行を

観ていたのですが、かつてAさんが活躍されていた

「亀崎地区・中切組」の旧知の方々のご好意により

本来は立ち入り禁止エリアである

山車のすぐそばまで入らせていただけました。

「中切組」の皆様、あの日は本当に

ありがとうございました!





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中切組・力神車の登場です。

威風堂々たる姿。

彫刻は諏訪立川流の名作の数々。

大幕は「猩々緋に虎の刺繍」

建造は文政9年(1826年)

この山車こそ、

若かりしAさんが曳き回した力神車です。





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亀崎地区は5つの組・5輌の山車を擁しています。

潮干祭の祭礼の歴史は300年以上。

現在曳かれている全ての組の山車は、

いずれも建造が1800年代。

200年近くの間、現在の山車を守り、修復し、

磨きをかけたという歴史の重みがあります。





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親から子へ、受け継がれてきた潮干祭。

なぜ、亀崎の潮干祭がここまで脈々と

守り続けてこられたのか、

私は知りたくなりました。

Aさんをはじめ、入居者様には亀崎で生まれ、

また亀崎で育った方々がおられますが、

いずれの方も「私は亀崎だ」との自負を

持たれており、

とても印象強かったからです。





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もともと、半田市亀崎町の名称は、

「神嵜(かんざき)」という

地名だったそうです。

そのルーツは亀崎町の県社である「神前神社」に

ありました。


古来、神武天皇が東征した時、この地に

寄ったそうです。

神武天皇は海路でもって東征していたため、

この地の人々は小船に桟橋を架けて

神武天皇を出迎えたとの事。

以来、この地は「神の崎」神嵜と呼ばれる

ようになったそうです。


そして、神武天皇の上陸地点を

「天神洲(現在の洲の崎)」と称し、

社を建ててお祀りしたそうです。

これが県社と親しまれている神前神社です。





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潮干祭の「山車の海浜曳き下ろし」は

この祭礼の一番の見所です。

これは文字通り、あの豪奢な山車が次々と

「海の中へ曳き下ろされていく」

という豪快なもので、こんなダイナミックな荒業は

全国を見回しても屈指です。

この伝統の淵源は、実は先に述べた神武天皇の

伝承にあります。

つまり、男衆は海中まで山車を曳き入れ、

5輌の山車を寸分の間隔で横列に並べることで

桟橋を模し、神前神社の祭神である神武天皇を

再びお迎えする・・・。

調べるほどに、私は畏敬の念を禁じ得ません。





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力神車を見仰がれるAさん。

どれほどの思い入れがあった事でしょうか・・

ともかく、私はしっかりと写真に収めさせて

いただけて良かったと、

ひたすら今では思っています。


潮干祭の全ての山車を撮っておかねば。

しばし被写体を他に向けると、

海浜曳き下ろしに向けて

次々と各組の山車が集結してきました。





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田中組・神楽車の登場です。

神楽車は旧車の建造が最も古く、

元禄年間(1600年代)と言われているそうです。





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西組・花王車が会場入りです。

この花王車の歴史もとても古く、

1846年にこの花王車の旧車は、

我が瑞光の里がある半田市板山町の「大湯組」へ

譲渡されたという経緯があり、ご縁を感じます。





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ひときわ目を惹く山車が写真左の

石橋組・青龍車です。

大幕は「青龍金刺繍」

山車前面の、からくり人形が舞う表舞台を支える

4本柱には七宝焼きという金属工芸が

施されており、5輌中最も煌びやかな仕様です。


対する右の山車は東組・宮本車です。

その名の通り、前述の神前神社のお膝元の

組であり、本陣の山車です。

追幕に「七曜星の金糸刺繍」

現在の山車の元祖であり、祭礼を行う起源と

なったのがこの宮本車なのだそうです。





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一方、Aさんは。

勇壮な山車と男衆に囲まれて、談笑されています。

部外者の私には近づき難いものがあります。





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年に一度の晴れ舞台。

田中組・神楽車の吹き流しが眩しくたなびきます。





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こちらは中切組・力神車の壇箱に鎮座する彫刻

「力神」

まさに力神車の象徴となる存在です。

諏訪立川流の名匠、立川和四郎富昌の作品です。

知る人ぞ知る、諏訪立川流彫刻の最高傑作の

ひとつであるとの事。


半田市が生んだ有名な彫師・初代彫常は、

この力神を見て感嘆し、多大な影響を受けた

そうです。





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壇箱の左右にかまえる力神「力雄神と力雌神」

日本書紀に登場する、力を象徴する神です。

アマテラス(天照大神)が天の岩戸に隠れ、

世界が闇に包まれた時、その天の岩戸をこじ開け、

天照大神が出てきてくれるのを促し、

ついでに天の岩戸を放り投げたという(笑)

ちなみに、放り投げた岩戸は長野県長野市

落ちたらしいです(笑)


そんな、力と腕力を象徴する「力神」

私には、渾身の力で山車を曳き回す男衆達の

姿のなかに、この力神が具現しているように

思えました。





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そろそろ山車の海浜曳き下ろしが始まる頃、

Aさんはこの力神車の大幕をバックに、

記念写真を撮っておられました。





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そして、いよいよ海浜曳き下ろしに動き出します。

追幕には「和歌と翁の面刺繍」

この和歌の内容はというと・・

続日本後期巻15の和歌の引用との事で、

意訳すると「七代にわたって天皇にお仕えし、

私はもう110歳を過ぎた年寄りですが、

陛下、今再び私が、舞を舞わせていただきます」

という意になるかと思います。





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私も、記念写真を撮らせていただきました。

実は、Aさんの隣におられる方は、

Aさんのご子息です。

中切組の山車組織の幹部をされており、

この潮干祭の日も活躍しておられました。

ユネスコ文化遺産登録後、初の潮干祭で、

お二人の記念写真を収める事ができて

本当に良かったです。

お忙しいところ、本当にありがとうございました。



最後に、もう少しだけお話を。

中切組・力神車の象徴「力神」

実はこの作品の作者として、彫刻の裏には、

ふたりの名匠の名前が刻んであるそうです。

ひとりは、作者である二代目立川和四郎富昌。

もうひとりは、富昌の父である

立川流の祖・立川和四郎富棟です。

「力神」が完成した頃には、父である富棟は

他界していました。

これは二代目富昌が、偉大な父を宣揚せんとする

ために刻んだのではないかと言われています。


私はAさんの居室に、中切組の皆様と、

息子さまとのお写真、そしてこの「力神」も一緒に

飾らせていただくと、Aさんはこれらを眺め、

それは喜んで下さいました。


お約束を果たす事ができて、本当に良かった。



長くなってしまいましたが、

以上、潮干祭のご報告でした!

ユネスコ登録、万歳!



by zuiko-camera | 2017-06-11 14:44 | カメラ部日誌